2012年11月09日

元康(家康)の野望1

「鳴かぬなら臣下が鳴かせるホトトギス」

このパラレル歴史ではこういう言葉が生まれても仕方ないぐらいお膳立てしてもらった松平家の天下取り。

ようやく待望の若君がデビューしました。
松平元康15歳。人質の身分から抜け出し、大望を果たさんと動乱の戦国時代に旗をあげます。

元康の能力は極めて高いです。野戦統率が6しかないのは、残念ですが。城攻めよりも、野戦に強いと小説なんかでは書いてありました。
tokugawa18.jpg

その頃の松平家の勢力は
1556年12月 肌色が松平。
tokugawa19.jpg
織田を滅ぼし、今川を従属させ、東海地方の平定しているのでした。
一番苦しい時期を家臣任せにできた元康。しかし彼の仕事だってちゃんとあります。

■有力大名がどういう風に伸びていくかを予測する。
■特に、北条と武田を戦わせるように仕向ける。
■自勢力をすばやく首位にし、一番有利に外交を進められる立場になる。

とりあえず、北条とは休戦を結び、西上することにします。美濃ルートと伊勢ルートがありますが、近江・伊勢を拠点にし、紀伊に伸びている六角を叩くことにしました。
元康の初陣です。

ほとんど抵抗を受けずに伊勢の上半分と、南近江を奪取。朝倉が急激に勢力を拡大してきた。もう少ししたら叩こうかな。
tokugawa20.jpg

伊勢をとったあたりで武田が予想外にすばやいスピードで東北を制覇しました。そして、武田に石高で劣る松平に北条が宣戦布告。
一瞬ひやりとしました。こっちの主戦場は近畿地方です。そっから関東くんだりまでいくのは遠すぎる。そこで、城が落とされる前に不戦同盟をし、破られたらまた不戦同盟。時間稼ぎをしているうちにようやく松平が首位に。
首位になった瞬間北条が武田に宣戦布告。分かりやすいやつらだ・・・

松平は近畿平定をゆっくりと進めていましたが、ここで予想外2が。
大友の軍勢が中国地方の日本海側を船でぴょんぴょんと進み、いびつな形に勢力をのばし、朝倉の勢力圏と接触。朝倉は斎藤と大友と二面作戦を強いられピンチに。
大友が伸びると嫌なので、仕方なく戦いにいきますか。予定とはだいぶ狂ってきました。

予定では、三好と六角を倒し、近畿をとったら、朝倉と斎藤を倒して中部北陸を平定。そののち中国四国と進み大友と戦いたかったのに。

元康「計画通りにはいかんとぶぁい」←智謀8
酒井正親(わしは全部うまくいった)←智謀1


覇王の家。三河時代から小牧長久手までのお話です。
 


posted by だいろくてんま at 23:56| 群馬 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | サンプル徳川家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月07日

ライバル大名勢力図

戦国史では、現実の毛利家や北条家のように、一定の勢力圏を支配したら、進行が鈍くなるということはありません。全ての家が天下を目指します。なので、中盤以降はスピード勝負となります。
特に弱小大名ではじめた場合は、このスピード争いに負けると天下を取るのが大変になります。
無理を重ねても石高の大きい領地を取らなければなりません。

さて、松平家と他の大名達の石高はどうなっているのでしょうか?
前回、織田家を滅ぼした時点で松平家は92万石の所領を持っています。
そして、天下に覇を唱えたいと考えているライバル大名は

1 大友 141万
2 北条 126万
3 武田 123万
4 六角 ・97万
5 松平 ・92万
6 三好 ・85万
7 朝倉 ・84万
8 斎藤 ・73万
9 佐竹 ・70万

となっています。大友の周りには今のところ進行を妨げるような大勢力はないので、一気にのびないか心配なところです。
目の上のこぶは、斎藤と六角。斎藤道三の智謀10はやっかいです。六角も伊賀忍者を配下にしているので、智謀が高いものが多く、奇襲攻撃を受けそうでやりにくいです。元康が仕官すれば、智謀はクリアなんですが、まだ先のような気がします。家康の前に秀吉が仕官したかも。
posted by だいろくてんま at 23:14| 群馬 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | サンプル徳川家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

酒井正親の野望6(尾張終わり)

前回は今川の吉田城を落としたところまでいきました。

ここで予定外のことが起こります。
織田と今川が戦っていたのですが、石高では勝っているはずの今川が野戦で負け続けたために、兵力が織田より落ちてきました。
今川領は刈谷城を残して切り取ってしまったため、刈谷が包囲されると今川軍は壊滅してしまいます。そうなると、織田と今川の戦いは終了し、松平が織田と今川の両方から攻撃を受けることになります。
それは困るので、今川に従属して今川を助けつつ仕方なく織田を削りきることにしました。織田の武将をゲットしたら、独立して斎藤と六角(結構のびてる)と不戦同盟を結び、今川を叩いて駿遠三を奪ってやろうと思います。
酒井正親「東海一の弓取りの名はわしが告ぐのじゃ」

織田とのバトル。ようやく正面から戦えるようになりました。今は智謀が5ある武将がいないので、信長の智謀7に奇襲を受けてしまいます。なので、兵力を相手より意図的に少なく調整して野戦に望まなければなりません。これが結構めんどくさい。ここは少しリロードしてしまいました。
tokugawa15.jpg

■1554年7月。救援部隊とは別部隊で勝幡(しょばた)城を奪いました。
■1554年9月。織田軍を鳴海城に追い込み、兵糧攻めでたくさんの武将をゲット。これ以降、織田を滅ぼすまで、斎藤と六角の配下にならないように注意しなければなりません。
■1554年11月。蟹江城を落城させる。織田の残りの城は、岩倉・伊勢長島・末森(今川が包囲中)

末森を今川が攻めていますが、落城寸前で横取りしようと思います。ついでに、今川の尾張攻めの橋頭堡となっている刈谷城を同時に包囲し、今川勢を遠江まで後退させます。そうすれば、今川がこちらを攻めるのは三河の吉田城だけになり、めんどくさくなくなります。
対今川はしばらく防戦のみで対応し、織田を滅ぼしてしまいます。
清洲同盟はこのパラレル戦国時代ではなくなりました。

■1555年1月 独立して、末森城を今川からかっさらう。
■1555年2月 織田から独立した犬山織田家を滅ぼす。
■1555年3月 今川の刈谷城を落とす。
tokugawa16.jpg
いつの間にか松平が上位にランクインされていた。

■1555年6月 伊勢長島城落城。尾張統一まであと少し。
■1557年7月 織田家の最後の拠点・岩倉城を攻略。織田家が滅びる。信長ゲット。でもどうせだから、登用しないでいこうと思います。信長の野望じゃないし。
tokugawa17.jpg
酒井正親「元康君が天下統一した暁には尾張はわしがもうおっと」
posted by だいろくてんま at 22:10| 群馬 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | サンプル徳川家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



カテゴリ
日記(17)
戦国史攻略テクニック(5)
サンプル徳川家(12)
サンプル伊賀惣国(8)
縛りプレイ(7)
サンプル織田家(5)
サンプル長宗我部家(10)
サンプル宇喜多家(8)
本能寺の変後(改)・明智家(4)
サンプルver.2小寺家(0)
ゲームよもやま(1)
MHP3rd HD ver(14)
艦これ(7)
連絡事項(1)
過去ログ
2014年09月(2)
2014年07月(2)
2014年06月(3)
2014年05月(1)
2014年03月(3)
2014年01月(2)
2013年12月(2)
2013年11月(8)
2013年10月(3)
2013年09月(3)
2013年05月(4)
2013年04月(7)
2013年03月(3)
2013年02月(3)
2013年01月(4)
2012年12月(23)
2012年11月(26)
最近の記事
(09/25)で、結局
(09/21)PS3逝く
(07/31)久しぶりにモンハン再会。
(07/26)PC変えたため更新遅れました
(06/12)一部コンテンツの見直し
ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
お知らせ

戦国史初心者〜中級者向けの攻略情報を充実させています。
もし、紹介している方法以外にいいアイデアをお持ちでしたら教えてくれると嬉しいですo(^o^)o

手取川の戦いのシナリオを探しています。ご存知の方は教えてください。
上杉家使いた〜い
RDF Site Summary
RSS 2.0